S55卒が福岡で「合宿」~テレビ生放送で歌う


我々昭和55年卒は毎年、「合宿」と称して旅行に出かけている。今年は小倉に単身赴任している池田浩之君に幹事を依頼し、10月の最終の週末に総勢15人が福岡漫遊を楽しんだ。

参加者は池田、坂田耕治、山口耕人、山本広士、永野宏行、横田均、水上恭司、福島敬、高野恭一、清水稔夫、田村嘉章、仲村弘之、細金雅彦、越沼正典、須藤亮(敬称略)。

 

金曜日からの前泊組(坂田、山口、山本広、永野、横田、池田)は門司港レトロ観光からスタートし、名物焼きカレーを食し、船で巌流島に渡る。宮本武蔵と佐々木小次郎の像が雨に濡れそぼって立っている。小次郎の剣の持ち方が変である。雑巾でも絞るような持ち方だ。小次郎これなら負けても仕方あるまい。敗者にもかかわらず島の名に名をとどめたことを良しとしよう。夜は小倉で水上、福島と合流。池田君の父上の行きつけという玉乃井というなかなか感じの良い店で料理に舌鼓を打つ。夕食後、ライトアップされた小倉城を見て、カラオケスナックへ。

テレビ西日本のインタビューを受ける福島敬さん(右端)。これを機に生放送で「紺碧の空」を歌う

翌日は博多に移動して、後発組(高野、清水、田村、仲村、細金)と合流。割烹よし田にて鯛茶漬け。昼食後に天神を歩いていたところ、テレビ西日本の「てんじんNOW」のスタッフに声を掛けられ、生放送で歌うことに。天神の青空一つない曇天に、我らの「紺碧の空」の歌声が高らかに響き渡った。もしかするとこの放送を見た少年がいつしか早稲田グリーに入ることになるやもしれぬ。

夕方、遅れて来た越沼を待ち、その後バスで移動。ヤフオク!ドームを横目に、福岡タワーに登る。福岡市博物館で「漢委奴国王」の金印を見て、その小ささに驚く。

須藤君と櫛田神社で待ち合わせ、飾ってある博多祇園山笠を見る。博多弁天堂本店にて、もつ鍋の宴会。池田君のデュッセルドルフ以来の知り合いという美女が参加する。「輝く太陽」で乾杯し、「早稲田の栄光」をお店のお姉さんとも肩を組んで歌った。その後、中州に移動し、屋台でラーメンを食す。

博多弁天堂本店で、もつ鍋の宴会

翌日は朝早くに出発し、太宰府天満宮に向かう。本殿は、七五三の宮参りのために近くまでは寄ることが出来ない。あたりは紫色のブレザーを着た韓国人のおばさんたちであふれかえっている。山の方に行くと、平成17年に造られた巨大な九州国立博物館があるが、今回は見学している時間はない。天満宮に戻り、参道の途中で名物梅ヶ枝餅をいただく。

西鉄でさらに、柳川へ移動。ここに来て今までとはすっかり変わり、快晴の陽気となった。おそらく前日の我々の歌声がバタフライ効果を発揮して、台風を西へ西へと押しやってしまったのであろう。昼食に国産鰻の蒸し焼き定食を食べ、舟下りと洒落こむ。船頭さんは、見掛けによらず、東京の大学を出たインテリである。橋の下をくぐりながら船頭さんが歌う声が、心地よく響く。かなりの高給が貰えるのだとか。

最終日は柳川で舟下りを楽しむ

舟下りを終え、先に帰る越沼君を見送り、「お花」という柳川藩主立花邸の庭園を見学。折から、結婚式が執りおこなわれていた。新郎新婦はそこから舟に乗るが、そのときに限って「舟下り」ではなく「舟上り」というのだとか。地元では初代藩主立花宗茂公の大河ドラマを招致中だそうだ。少し歩いて、北原白秋の生家のあたりなどを散策する。「維持するのも大変なのよー」という子孫の方の声を背に柳川を後にし、再び西鉄で天神へ。ここで一同、現地解散した。

今回幹事を務めてくれた池田君に感謝。我々には仲村君という名幹事がおり、今まで山形、函館、伊那など数多くの合宿を成功させてきたのだが、ここに来て池田株が一気に上がった。将来おそらく永世幹事の称号を賭けて仲村・池田の決闘が、猪木・マサ斉藤に続き、巌流島で催されるのではないかと思われるのである。

今回都合が付かなかった仲間、闘病中の森谷利衛、亡くなってしまった石井正之、江連久雄、大倉仁、山本一彦の諸君を想いつつ、「合宿」を終えた。遙かな友に――。                 横田 均(S55卒)