佐藤 拓(H15卒、指揮者)
地中海に浮かぶイタリアの島、サルデーニャ島には「カントゥ・ア・テノーレス」という独特な男声ポリフォニーの伝統がある。男性4人のアカペラで歌われるが、面白いのは〝喉歌〟と呼ばれるダミ声のような特殊な発声法を用いていることだ。この発声はアジアのモンゴルやトゥバなどにも存在しているが、この声で四声合唱をするのは世界中でもこの島だけであろう。
知る人ぞ知る音楽だが、私がアンサンブルトレーナーを務める特殊発声グループ「コエダイr合唱団」で、日本で(アジアでも?)唯一、このポリフォニーを見よう見まねで実践してきた。今年3月、口伝でしか継承されていないこの音楽を実地で学ぶため、我々はサルデーニャ島を周り各地のグループと交流するツアーを行った。
ツアー前の最大の懸念は「この由緒ある伝統音楽を東洋人がモノマネするなんて…」という拒否反応がないか、ということだった。以前、ネットで我々の演奏が拡散したときには、実際わずかながらネガティブな意見が見られたからだ。しかし、それは全くの杞憂だった。島で出会う人は皆、我々を熱烈に歓迎、賞賛し、篤い感謝の言葉を惜しげもなく投げかけてくれた。
ある女性は言う。「今ではこの伝統的な音楽について、若い世代ほど価値を見出さなくなってきています。でも日本人のあなたたちが歌うのを聴けば、この音楽こそが世界に誇るべきサルデーニャの大切な財産であることを確信するでしょう」
異文化との接触によって、自分たちの足元を新しい視点で見つめ直すことができる——。それは我々にとっても全く同じことだった。
また、ある歌い手はこう教えてくれた。「この島では隣り合った村でさえ、言葉や発音、音楽のスタイルが異なっている。だから隣村で歌われている歌を俺たちは歌えないんだ。どっちが良いとか優れているとかは誰も気にしない。この違い、多様性を良しとして、そのままにしておくのがサルデーニャのいいところなんだよ」
テクノロジーが発達した現代で、これほど〝土地〟と〝人〟に強く結びついた音楽の在り方に、私はただ率直に嫉妬した。日本で、こういった音楽の在り方が再び興ることはあるのだろうか。私にとっては永遠の問いである。
サルデーニャ島で得た経験はまだまだ語りつくすことができない。あまりに多くのインプットがありすぎて、私の中でまだ咀嚼しきれていないほどだ。更なる深みを目指して、近い将来、この島を再訪するつもりである。