OB四連 感想&反響集

☆「僕の愛」作曲の大藤史先生 「感動と涙で胸がいっぱい」

大変感動いたしました。稲門グリークラブさんのファンになりました! このまま歌が終わらないでほしいと願うほど素晴らしい演奏でした。感動と涙で胸がいっぱいになりました。早稲グリさんの柔らかくそして力強い優しいサウンドが会場を包み込んでいました。作曲者として最高に幸せな演奏会でした。
たくさんの合唱曲の中から取り上げてくださり、心から感謝申し上げます。練習にお伺いさせていただいた際も、いつもあたたかく迎え入れてくださり、ありがとうございました。とても嬉しかったです。
終演後のレセプションのみなさまの笑顔が忘れられません。楽しかったです!まだわたしは感動の余韻の中におります。

 

☆夢の中に過ぎた 充実した時間

OB四連・稲門グリークラブ実行委員長 木村 寛之(S53卒)

♪一緒に歩いてゆこう さし出した手を握り返す♪

演奏会が終わって10日以上経っても、通勤の電車の中や、ふとした瞬間に、このフレーズが浮かんできます。カバンの中には譜面とICレコーダーがいつもありました。電車の中で練習録音を繰り返し聞き、会社では昼の休憩時には急いで食事を終えて、ピッチパイプと譜面を抱えて空き会議室に入り、日々減衰していく記憶力と格闘した日々も♪夢の中に過ぎ去り…♪です。

第22回東西四大学OB合唱連盟演奏会に参加された皆様!お疲れ様でした。
フェスティバルホールの客席にお越しいただいたOB諸兄、オンステメンバーのご家族・ご友人の皆様、どうもありがとうございました。
今回の稲門グリークラブのメンバー構成は、昭和31年卒から平成31年卒まで、その年齢差63歳! 幅広い世代のお一人おひとりに参加してよかったと思っていただくには、演奏面のみならず運営面も重要なポイントです。実行委員会もできるだけ幅広い世代で構成するべく、平成20年代以降卒業のメンバーに、歌うことのみならず、実行委員会にも参加いただきました。
また広報委員会によるOB会サイトでの「速報」は10回以上に及び、メンバーの個人練習の支えになるだけでなく、メンバー以外の方々にも大変好評でした。
さて「ぼくの愛 あなたの夢」! 本番の演奏について、ネット上の評判はたいへんよろしいようです。個人的には、ポップス系のコーラスが大好きなので、第1回目の練習から楽しく歌わせていただきました。長い音符でもテンポ感を出すことや、五線の下であってもテノールの発声をキープすることの大切さを、改めて痛感した曲でした。
こうして楽しく歌えたこと全ては相澤直人先生が稲門グリーの新たな面を引き出してくださったこと、森田花央里さんが何度もおっしゃったリズム感覚、何度も練習にお見えになった大藤史さん、残念ながら本番にはお越しになれませんでしたが、栗原寛さんには練習場で詩の意味するところを教えていただきました。
今回のOB四連では、参加メンバーの皆様が楽しく歌っていただけるような環境を作ることを念頭に、進めてまいりました。しかし至らなかった点も多々あるかと思います。この場を借りてお詫び申し上げます。
さあ、今後の稲門グリークラブのスケジュールは、10月の稲門祭、来年のOB六連、そして2年後には東京において早稲田が幹事となってOB四連が開催されます。今度こそ、100人を超えるメンバーでステージに臨みましょう!! ありがとうございました。

 

☆挑戦した日々、幸福な半年間

練習指揮者 小林 昌司(H29卒)

大阪での本番からまだ1カ月ほどですが、もう大分昔のように感じます。
初めてのOB四連で下振りという大役を任され、強いプレッシャーを感じながら練習に臨んでいました。
下振りの役割を通じて、いかに良い音楽を作り上げていくか。ひとつ心がけたのは「骨組みを疎かにしない」ということです。OB団体は多くの世代の集合体で、その演奏はばらつきがあるものが多いと感じていました。そのため基礎を全体の核にすえて、下振りとして過度な表現は削ぎ落とすことに注力しました。
初回のリズム読みから時間をかけ、焦らずじっくりと丁寧に基礎部分の徹底を行いました。最初の1カ月はなかなか戸惑っていたようでしたが、徐々に皆さんの顔つきが変わっていったのを覚えています。最終的には何人かの先輩方に直接お褒め頂く場面もあり、一定の効果は得られたのかと嬉しく思いました。
一方、反省も多々あります。一番は目指す音楽に向けた共有の不徹底でした。具体的には練習音源共有不足や先生練習の復習です。つまり先生の求める音楽を咀嚼し、団員全体へ浸透させることが上手く出来なかったと感じています。先生練習の度に基礎部分に立ち返る場面があり、そのことを先生方から指摘される度に痛感させられました。
下振りはいわば本番の先生と団員の橋渡し役。ときに細かい調整が必要です。先生と団員それぞれのコミュニケーションが疎かになったことが原因でした。
しかしながら多くのOBの方々と今回のチャレンジングな曲に挑めたことは大きな意義があったと思います。真っすぐに向き合った早稲田のOBは凄い、物事を前向きに捉えていくエネルギーを持っています。再び自分が音楽作りに携われるのであれば、もっとチャレンジングなことをしたいです。本当に幸せな半年間でした。また共に良い音楽をよろしくお願いします。

 

☆新OBトリオ、新風吹き込む

今回のOB四連で、稲門グリークラブでは今春卒団したばかりの新OB3人がオンステして、新風を吹き込み、メンバーの平均年齢を引き下げてくれた。

橋本哲也(H31卒、Top) 現役時代はトップパトリを務めたこともあってか、OB四連でもパトリに任命されました。しかし来てみてびっくり、トップの平成卒は私だけというこの状況!一回り二回りどころではない年齢差にも関わらず、皆様温かく接してくださり、非常に楽しく演奏することができました。感謝申し上げます。自由奔放というか、質実剛健というか、私が居心地よく感じたあの“ワセグリらしさ”というものは、いつまでも続いてほしいものです。……酒と歌があれば心配無いですか!

 藤田稔吏(H31卒、Sec) 何となく参加を検討していたOB四連でしたが、「僕の愛 あなたの夢」を練習で初めて歌った時の感動は忘れられません。その感動がついにフェスティバルホールの舞台まで自分を連れていってしまうとは……。何がどう転ぶか分からないものです。とても幸せな経験をさせて貰いましたが、ひとつ心残りがあるとすれば「大人のラヴソング」はまだ自分には歌い尽くせないと感じたことでしょうか。ウウム、経た年月を自らの歌声の糧にしてしまえる諸先輩方が羨ましいなァ。

 藤本卓弘(H31卒、Bass) 再びステージで歌う機会が、こんなに早く巡ってくるとは思ってもみませんでした。先に参加を決めていた同期からの度重なる誘い(圧力?)に流されて参加したOB四連でしたが、いざ参加してみれば、懐かしの先輩や先生の指揮による練習と本番は、久しく忘れていた感覚を呼び覚ましてくれました。それだけでなく、現役時代に経験したステージの数々がいかに幸せな時間だったのか、フェスティバルホールの舞台から見えた景色に改めて気付かされたような気がします。

☆大阪稲門グリークラブ「素晴らしい感動に感謝!」

大阪稲門グリークラブ会長 鎌田龍児(S35卒)

OB四連お疲れ様でした!何よりも、年頭に申し上げた大阪稲グリのオンステを実現することが出来たのは、大きな喜びだった。しかも、16人が暗譜で堂々と歌ったのは快挙だった。「僕の愛 あなたの夢」は最初、はるか遠くに過ぎ去ってしまったあの頃のほろ苦い思い出が、重なってちょっとばかり気恥しい感じだったけど、大藤史さんのメロディーは歌い込むほどに、どんどん気持ちの中に入ってきて、自分なりに素直に表現出来たように思う。「約束の空へ」のスキャットは、現役の頃、ジャズ喫茶などで、「dabadabada」「shudubiduwa」などとやっていたので、意外にスッと入ることが出来た。今回、最も印象深かったのは「エール」だった。校歌のユニゾンが、あれほど気持ち良くきっちり揃い、ホールに真っ直ぐ溶け込んで行ったことは、過去、あまり無かったように思う。暗譜に挑戦して頑張った諸兄、演奏会の運営に長期間奔走した今澤幹事長をはじめ市橋、道浦のマネージャー団、東京から2回も集中練習に駆けつけてきて、何とか本番に間に合わせていただいた小林昌司君に、改めて心からの拍手を贈ります。

大阪稲門グリークラブ幹事長 今澤哲朗(S45卒)

令和元年7月28日大阪・フェスティバルホールで開催された「第22回東西四大学OB合唱連盟演奏会」が突然の台風襲来にも拘らず、大過なく盛会裏に終えることが出来ました。万歳!

毎回、OB四連で思うことですが、東西の四大学OB合唱団がそれぞれの伝統を活かし、特徴のある合唱を響かせるその醍醐味に感動を呼ぶことであります。今回もまた、その感激を強く味わうことが出来ました。新月会の定番ニグロ、ワグネルのドイツ歌曲、同志社・稲門は定番にこだわらず新たなジャンルに挑戦するという構図が、合唱好きにはたまらないプログラムとなりました。

心配された観客動員も“空席を除きすべて満席”状態で採算ラインに乗ったようです。

大阪稲門グリーも、ファミリーメンバーも含め16名がオンステしました。これまでは、1桁の参加者に留まっていました。最近の関西での四連では最高の参加人数になり、増員に苦労した甲斐がありました。大阪稲門のメンバー募集にOB四連を「フェスティバルホールで歌う」をキーワードにして、様々な対応をしたことが功を奏したと思います。

先ずは、演奏面の感想です。

稲門については、選択曲・指揮者等の選定に時間がかかり、少し遅い練習スタートになりました。大阪稲門でも、例年は前年の暮れから練習に取り掛かって仕上げる習慣が、今回は1月下旬からのスタートとなりました。また、5月の大阪早稲田倶楽部の100周年記念事業に協力したため、練習時間に制限があり、仕上げることに苦労しました。

メンバー構成も、大阪稲門のメンバーだけでは組曲を歌うには絶対数・パートバランスに問題があり、“ファミリーメンバー”の応援を前提に組み立てねばならない難しさがありました。今回は、新たなメンバーでS46年卒バスの山岸敏夫さんが参加、他にS44京大卒のトップの杉谷道男さん、神戸商大S59年卒バリトンの林秀樹さんが参加され、何とかメンバー構成が整いました。

6月22日に池田・アゼリアホールで「大阪府合唱祭」があり、四連で歌う曲の中の1曲(4曲目「僕の愛あなたの夢」)を歌いましたことも、全体の仕上げに効果があったように思います。

東京での練習状況がCDでリリースされ(あるいはネット上にアップされて)ビビッドに練習状況を聞けたことも、音楽の仕上げに大きく貢献したと思います。また、東京・練習指揮者で小林昌司さん(H29年卒)の2回に亘る「大阪出張練習」も、大阪メンバーの仕上げや自信につながったと思います。

私も1回、東京での相澤先生&森田先生の練習に参加しましたが、意外と大阪稲門の合唱レベルの高いことに気が付きました。藤野指揮者・横田指揮者の日々訓練で、日本語の歌い方は年々、洗練されて来ています。昨年の「バッカスフェスタ」での受賞、今年の「大阪府合唱祭」での好演と、我々が感じる以上に洒脱な合唱が実現してきていました。これは、指導者の効果的な指導と“ファミリーメンバー”の応援により、人数の割にはバランスの良い合唱が実現できたことによると思います。毎回の練習の賜物と、皆さんで歓迎したいと思います。

次に、マネジメント面です。

今回は事前に、東京の四連委員長・木村氏、副委員長・井上氏との連携が密にでき、東京・大阪の役割分担がうまくいき、チケット販売等実績としても評価できる実績を上げられました。大阪稲門では早稲田倶楽部の応援のほか、真下さん、杉谷さん、田中さん、山岸さん、林さんが、分担以上の販売実績を上げていただき、お陰様で新月会の分まで応援もできました。これまで、いつも新月会の応援でチケット販売をしていた“お返し”が、少しできました。

演奏・マネジメントの両方が上手くいって初めて成功と言えると、私は常々考えていますが、今回も両輪がうまく機能した、バランスの取れたコンサートになったと思います。メンバー全員のご協力に、心から感謝します。

さあ、次の演奏会に向け、新たなメンバーの発掘、“ファミリーメンバー”の招致に取り組んでいきたいと思います。殊に「平成年代の若手」の勧誘に、様々な工夫を凝らしたいと思います。今年初めには、S40年代のグリーOB関西在住者にDM(ダイレクトメール)し、懇親会を企画・実施しました。いきなり歌うのではなく、まずは懇親会・同窓会をという意図で、一定の実績もありました。昭和50年代、平成年代で7年単位(順グリ会方式)のくくりで集まるのです。如何でしょうか。考えるのではなく、ただ実行あるのみです。

田中一成(大阪稲グリ S37卒)

長年にわたり、難病で入退院を繰り返していた家族の病状が今春から急に悪化し、その看病などのため、今年のOB四連で歌うことは諦めざるを得ないと思っていた。しかし、病人の親しい仲間4人の方々が、私がOB四連で歌いたがっていることを知ることになり、交代で、必要な時は病人に付き添っていただくことになった。

私は当初は、そのような厚意を受けてもいいのかどうか迷っていたが、OB四連で歌う魅力に惹かれて、結局はお願いをすることにした。毎週の練習での気構えや心構えも充実を実感でき、苦手としていた暗譜も、短期間にできたし、本番でも納得して歌うことができたと確信している。

山岸敏夫(大阪稲グリ S46卒)

四連お疲れ様でした。私はいま暗譜の努力から解放されホットしています。が感想です。もともとは四連のステージに乗ろうという個人のわがままで貴殿ら幹部の組織運営側に迷惑かけたと思っています。個人的には練習、飲み会で楽しくさせていただきました。

☆第22回OB四連・讃 ―― 西川 新八郎(S38卒)

早稲田大学グリークラブの可能性を探った演奏会であった。その意味で今回の稲門グリークラブ幹事団の意図を評価したい。(練習指揮の)小林(昌司)君、ご苦労様!
打ち上げでの相澤直人指揮者の談話を聞いて肯けるものがあった。指揮者の選択が「僕の愛、君の夢」であった訳で、簡単に言えば平成以降卒業団員の意図は充たされたのでは。
四校の選曲の中での新鮮さも成功であったと思う。進取の精神、万歳!
我がグリーが流麗な曲を歌えなかったわけではないが、繊細さとピアニッシモの絶妙さの領域では、やはり誇れる技術を持ち合わせていなかった(反論が在ることも承知で言う、特に最近の現役はこの領域でも上手いと思う)と感じて来た古い世代にとっては嬉しい試みであったと感じている。
正直、男声合唱へポップスを持ち込む試みに違和感を以ってスタートした。
軽い流行歌にちりばめられるカタカナ歌詞に違和感を感じている日常の感想の世界から、それを歌う実行の世界に引きずり込まれた聊かの哀しみで練習をスタートしたのである。
懐かしい人を思い出させる歌詞を慰めとして練習に励んだのであるが、ジャズを取り込もうとする編曲者の意図を満足させ得たかは不明でありながら、全体として新鮮であった。
私の試みを紹介しておきたい。新たに出版された楽譜に指揮者、編曲者、作曲者の記念のサインを御願いし、三色のカラーマジックから各々好みの色でサインをして頂いた。
指揮者はグリーン、編曲者はパープル、作曲者はオレンジを、間髪を入れずに選択した。
筆者も絵と俳句と映画を楽しむアーキテクトを自称していて、アーティストの心理をそれなりに理解しているつもりであるが、各人見事に自身の色を選択し、更に3人ともこれまた見事に別々の色を選択したのである。3人の3色が今回の演奏の根源にあったことになる。3色が混じりあって美しい絵が現出し、美しい音で光り輝いたであろうか。
ピアノ伴奏者でもあった編曲者のステージ上でのパープルの衣裳は殊更美しかったし、
指揮者がグリーンを選択した事に驚き、何故か安堵したのであるが、筆者の住む町田の出身であり、次女と全くの同年次の若さがとても眩しかった。
「本番では、合わせようとしなくて良いから各自のパフォーマンスをしてくれ」
とは指揮者の要求であったが、共感出来るし、上手い乗せ方だと感じ入った。
時間を消費して実現する芸術行為の本質を言っており、感動を期待する基本を前提としているからでもある。
楽しく且つ佳い四連の思い出が残って幸せである。
改めて稲門グリーの皆様に感謝。