日本ラトビア音楽協会合唱団ガイスマは10月21日夜、天皇陛下の「即位礼正殿の儀」出席のために来日したラトビア共和国のエルギス・レヴィッツ大統領の駐日大使館でのレセプションに招待され、佐藤拓さん(H15卒)の指揮で演奏した。大統領は合唱団に加わって共に歌い、メンバーにとって貴重な体験となった。
音楽を通して日本とラトビアとの相互理解を深め、両国の親善を図るという日本ラトビア音楽協会の実践活動部門として創設された合唱団ガイスマは、山脇卓也さん(H10卒)の指導でラトビアの国家行事である5年に1度の「歌と踊りの祭典」に2013年に参加。遠い東洋の果てから、日本人だけの合唱団がラトビア語でラトビアの歌を歌うと評判になった。
その後を引き継いだ佐藤拓さんに率いられ、2018年の「歌と踊りの祭典」には2度にわたる厳しいオーディションをAランクで通過し、1人のラトビア人も含まない唯一の合唱団として参加を認められた。これが現地の新聞の1面に写真入りで報道され、テレビや雑誌のインタビューもあって、リガにおけるガイスマ初の海外演奏会も多くの聴衆を集めた。その中に、2人の元駐日大使に混じって、大統領就任前のレヴィッツ氏がいたことを、私たちは誰も気づかなかった。
今回のレセプションに招待されるにあたって、ガイスマにリクエスト曲が伝えられた。「二羽の鳩は空へ飛び立った」という、国を守るため戦場に赴き、帰ってこなかった2人の若者を悼む曲である。私たちが大使館に楽譜を依頼したところ、届いたのは歌詞9番から成る単旋律譜であった。単旋律を9番まで繰り返す冗長さを考え、ガイスマ団員が合唱譜を入手して練習し、レセプションに臨んだ。
レヴィッツ大統領は1990年のラトビア独立回復宣言の原案起草者であり、独立後の初代法務大臣、ヨーロッパ各国の大使、欧州人権裁判所、欧州司法裁判所の裁判官を歴任した。そして、ラトビアで屈指の有名合唱団のメンバーとしての経験もある。
大統領は気さくにガイスマの列に分け入って、ベースパートの私の隣に立ち、暗譜で歌い出した。国家元首と並んで歌うという初めての経験に私も少々緊張したが、大統領の豊かなバリトンの歌声には大変合わせやすく、彼の歌に導かれて気持ち良く歌い進んだ。しかし途中の転調部にさしかかって、彼は突然黙り、私の楽譜を覗き込んだ。この編曲は大統領にとって未知だったと気づき、楽譜を高く掲げて見やすい位置に差し出したが、最終部のユニゾンになるまで沈黙が続いてしまった。
大統領の知らない編曲を選んでしまったことが、大統領と肩を組んで歌うという稀有の機会に水を差してしまったことが少しばかり残念である。もう一度心行くまで歌えるときが欲しいと思っている。
ガイスマ代表 児玉昌久(S37卒)