【音楽リレー評論】楽譜編集者の仕事 作曲家と信頼関係築く醍醐味

川元啓司(S56卒、カワイ出版編集長)

音楽リレー評論 「グリー卒業」後、音楽の道に進む方も数多くいます。もちろんプロの音楽家になる方のことを指す場合が多いのですが、それ以外に、私のように音楽出版に向かう人間もいます。一昨年に亡くなった黒澤幸男さん(S34卒、音楽之友社)などもその一人です。音楽出版社とひと口に言っても、著作権の管理だけを扱う会社もあれば、私たちのように楽譜を出版する会社もあります。
私は楽譜の編集者ですが、さて編集者とは何をするのか? よく漫画の楽屋落ちで、鬼のような編集者が漫画家を眠らせずに原稿を描かせるシーンがありますね。楽譜編集者は決してそんな鬼畜ではありません。とりわけクラシックの出版社はもっと上品です。私を見ればわかりますよね(えっ?)。
編集者の仕事は実に多種多様で、ここで全部説明することはできませんが、出版する楽譜についての作曲家との校正のやり取りは、中でも重要です。今でこそPDFで…なんて時代になりましたが、昔はそんな便利なものはありません。遠方なら郵便ということもありますが、東京周辺に作曲家が密集していることから、基本は持参と回収でした。当然、作曲家と対面するわけですから、まず、その作品はもちろん音楽全般、さらには森羅万象の様々な話をします。
作曲家は音楽家の中でも別格な存在ですから、その人たちと対等に話をしようと思ったら、余程の勉強が必要ですし、記譜に納得のいかない箇所があったとき、それを作曲家に納得させるのは大変な作業です。駆け出しの編集者など一喝されて帰って来るのがオチです。私も間宮芳生先生に怒鳴りつけられたことがあります。恐ろしかったですよ(笑)。
もっとも信頼関係ができれば、実にスムーズになってきます。團伊玖磨先生の担当をしていたころの話ですが、「先生、ここfとなっていますが、私が振るんだったら、pに落としてそこからクレッシェンドしますね」。先生は「うーん…」と10分ぐらい考え込んで、「よし、君の言う通りにしよう」と仰いました。f→pですよ。恐れを知らぬ提案ではありますが、私がそれまで「岬の墓」を含め、学生時代から指揮をしてきたから言えること。学業成績は惨たるものでしたが、グリーにはそれをはるかに超える勉強をさせてもらったことになります。
さて、これを読んで、楽譜編集者になろう!という若者はいませんか? ただし産業規模は実に微々たるものですから、金銭面での保証は出来かねますが。