佐藤 拓(H15卒)
松原千振先生が早稲グリ現役を久しぶりに指揮するということで、今年の四連はかなり前から非常に楽しみにしていた。筆者は大学1年時の第47回定演で松原先生と初めてお会いし、4年時にはフィンランド・バルト三国演奏旅行と第50回定演のメインステージの指揮をお願いした縁もあって、現在でも先生とは親しくさせていただいている。先生が早稲グリ現役を指揮されるのは筆者が現役の時以来である。
かつてレパートリーが硬直化しきっていた日本の男声合唱界に、北欧や東欧の素晴らしい作品を紹介し広めてくださったのが松原先生であるが、今回の選曲も先生の面目躍如たるもの。『北東欧のアラカルトステージ~若人と海~』と題して、バルト3国エストニアのヴェリヨ・トルミス作曲『古代の海の歌(Muistse mere laulud)』、チェコの国民的作曲家ベドルジハ・スメタナの『海の歌(Píseň na moři)』の2曲を演奏した。
『古代の海の歌』は筆者も大学時代に松原先生の指揮で歌っておりよく知った曲だが、今回の現役の演奏は大変に素晴らしいものだった。特に低音域でも倍音豊かな響きを失わないベースの響きは圧倒的で、現代の学生合唱団では最高レベルのベースではないだろうか。全体としても緊密な不協和音や増和音が丁寧に鳴らされ、徐々に緊張感を増しながら荒れ狂う海を表現するクライマックスへの流れにも鳥肌が立った。楽曲の構造をよく理解したうえで歌い手を高みに導く松原先生の指導の成果がよく表れていたように思う。曲中に長大なソロがあるのだが、これを見事に歌いこなしたTOPパートリーダーの中田亮太郎君にも大きな喝采が浴びせられた。
(余談だが、本曲の発音指導に筆者の同期の坂巻賢一君(お江戸コラリアーず団員)の名前があり、同期としてとても誇らしい気持ちになった。)
スメタナの『海の歌』は五つの場面からなる単一楽章の壮大なアカペラ作品。チェコ語という発音の難しい言語であることに加え、高音域の連発するテノールは並の声では歌いきることが至難であり、なかなか取り上げられない理由もそこにあるようだ。しかし今年の現役はこの大曲を立派に歌いきった。殊に、最後まで張りを失わず、かつ統率のとれた歌唱を聴かせたトップテノールは、この日の四校の中でも随一の出来。送別や六連を聴いた時には内声が弱くアンバランスさが否めなかったが、声が成長し声部バランスが改善してきていることもうかがえる。劇音楽のように次々と場面が移ろい、それに合わせて拍子も和声も変わっていくが、指揮と合唱の息もピタリと合い、ほとんどの聴衆が初めて耳にするこの曲を最後までまったく飽きさせることなく聞かせてくれた。演奏終了後の拍手とブラボーはこの日最も大きかったように記憶している。
演奏会に先立つ五月末ごろ。現役との初回練習を終えた松原先生から電話があり、「今年の早稲田はすごい。彼らは海外で演奏できたらとても評価されるんじゃないか。」とやや興奮気味に語っておられた。けだしこの日の演奏は、筆者自身が知る中で、松原先生が振った男声合唱の演奏でベストと呼んでいいものであったと思う。楽曲本来の魅力と、指揮者の音楽性、そしてグリーメンのたゆまぬ努力が結集した名演である。