57年歌い続けた「冬の旅」- 岡村喬生リサイタル -

ホールを見渡せば、ほとんど私と同年配。
高齢で直ぐスタンディングオベーションできない聴衆は、立てない代わりに頭の上で拍手をしていた。
それはシューベルトの歌曲集「冬の旅」の終曲「辻音楽師」の音が遠く消えた直後の光景だった。
私の視界は多くの頭上の手の羽ばたきに遮られ、補聴器は限界ギリギリで唸っていた。

 

 5月6日午後、東京・上野の東京文化会館小ホールの拍手は鳴り止まない。
ピアニスト渡邉康雄さんの手を借りて、車椅子から立ち上がった岡村さんは幾度もお辞儀をする。
後ろから「座ったままでいいのに」「早く座って」という女性の声がする。
65年前、ワセグリの後輩となった私は感動のシャワーを浴びている。1時間20分至福を超えたひと時だった。
「冬の旅」は私も30代の時、中山悌一先生に繰り返し2回レッスンを受けたが、歯が立たず神棚に上げてしまった歌曲集だ。
その神棚の歌曲集と一体となっている。神っているとはこのことか。
昔から思っていたが、やはり岡村先輩は「ただもの」ではない。

 

「冬の旅」は24曲のタイトルを順次見ていくだけでも人生の哀歓を思わせてくれるが、解答は見せてくれない。
人生とは何か、という答えを求める旅が歌曲集「冬の旅」なのだろう。
今回、改めてそのことに思いを馳せ、継続は感動であることを痛感した。
そして、このような先輩を持ったことを誇りに思った。

山本健二(S31卒)

 


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