【ワセグリ人】岡崎広樹さん(H17卒) 団地で外国人との共生を実践 「地球市民賞」を受賞


高度経済成長期に地方から都市へ移動する人口の受け皿として整備された大規模団地。今では住民の高齢化が進み、外国人の入居も増えて「将来の日本の縮図」といわれる。岡﨑広樹さん(H17卒)は埼玉県川口市のUR芝園団地(2454世帯)で自治会の事務局長を務め、世帯の半数を占める中国人住民と日本人住民との交流を進めてきた。自治会は2月、国際交流基金の「地球市民賞」と埼玉県の「埼玉グローバル賞(地域国際化分野)」を受賞した。
――商社マンから団地の自治会役員へ思い切った転身をしました。
埼玉県上尾市の団地で育ち、団地の暮らしは日常的な風景でした。三井物産ではイギリス、オランダ、ノルウェーで勤務して、ヨーロッパ人の暮らしぶりに触れたことが、自分の生き方を見つめ直すきっかけになりました。
会社を辞めて、松下政経塾に入りましたが、政治家を目指していたわけではありません。塾の実践活動で、外国人との「多文化共生」をテーマに選び、13年に芝園団地を訪れました。この団地は約5000人の住民の半数を中国人が占めています。ここでの共生が日本の未来を占う試金石になると考え、14年から団地の住民になりました。
芝園団地では2000年代の中頃から、中国人のゴミ出しや騒音など生活習慣の違いによる問題が相次いで、住民の間に大きな溝ができていました。こうしたあつれきを解消しようと、日中の住民が一緒に参加する防災講習会を開いたり、団地の祭りに中国人にも出店を呼びかけたりして、少しずつ交流が生まれてきました。

中国人を中傷する落書きがされたベンチを住民の友好の手形で塗り替えた

――大学生も橋渡しの役割を果たしてくれました。
いくつかの大学を訪ね歩き、セミナーや勉強会にも参加して、サポートしてくれる人たちを募りました。そして団地のイベントを手伝ってくれた東大生が中心になって、15年2月に学生団体「芝園かけはしプロジェクト」が発足しました。同年4月、彼らとともに、団地のベンチに書かれた中国人を中傷する落書きを消し、住民の手形をつけて、日中友好のシンボルにしました。
16年から「芝園多文化交流クラブ」をスタートさせ、日中の住民がほぼ毎月、中国語教室や料理教室などを開いて交流を深めています。団地の夏祭りではペットボトルランタンや風鈴を一緒に作りました。中国のSNSを活用した情報発信もして、住民同士が触れ合う機会を増やしていきました。

最近では中国人に対する苦情も減り、自治会でも中国人の役員が生まれています。国際交流基金からいただいた賞金200万円は、芝園かけはしプロジェクトの今後5年間の活動資金に充てていきます。

団地の夏祭りを彩ったペットボトルランタン

――今後の目標は。
現在の仕事は不安定な契約社員で、今後、NPOなどのソーシャルビジネスに舵を切るのか、研究者の道に進むのか、まだ踏ん切りがついていません。でも「芝園団地の課題を世の中に広く知ってもらい、解決策を発信していこう」という思いは持ち続けていきます。

――グリークラブでは部長を務めました。グリーで得た教訓は何ですか。
よく「声が通るね」と言われます。これはグリーの練習のおかげでしょうか?グリーの4年間で色々なことがありましたが、部長になった時に「何かあったら、自分は大学をやめる」と腹をくくりました。自分たちの行動や結果に責任を取る、覚悟を負うという姿勢は、今にもつながっていると思っています。

(杉野耕一・S59卒)

岡﨑広樹(おかざき・ひろき)さん 1981年埼玉県上尾市生まれ。三井物産勤務を経て、2012年に松下政経塾に入塾。14年、研修の場所に選んだ同県川口市の芝園団地に移り住み、17年から自治会の事務局長を務める。