和田 ひでき(H04卒、声楽家)
発声練習の際に「括約筋に力を入れて」とか乱暴な言い方だと「ケツの穴を閉めろ」とか言われた経験はないだろうか?自分も指導の時は言う言葉だし、一定の効果があると感じている。下半身を安定させる効果と思い込んでいたが、実は大きな理由は別にあるのでは、と今の自分は考えている。それはある体験がきっかけなのだ。
2016年のこと、日本を代表するオペラ団体、東京二期会がワーグナーの「さまよえるオランダ人」を上演することになった。東京を皮切りに全国4都市を回る公演だった。
そして、その中の横浜と大分で、本公演に先駆けて宣伝を兼ねたレクチャーコンサートが開催された。司会はマスコミ露出も多い愉快な作曲家、青島広志氏、そしてオランダ人役の依頼が僕に来た。オファーは来たが、自分にとっては曲が重いかなあ、と感じた。ワーグナー作品は、長大なブレスとかなりの声量が必須で、向き不向きが大きく出る。若干不安だったが、全曲やるのではなく抜粋だしと引き受けることにした。
本番は1時間半くらいだったろうか。最初の公演地は横浜で、歌は順調。自分でも満足な出来だった。「ブラボー」と拍手を頂き、舞台袖へハケようとしたその時、下半身に鋭い痛みが走り、歩けない。カニ歩きでなんとか戻り、その足で次の公演地、大分へ飛行機で向かった。
ホテルの部屋で確認すると、肛門のひだの一部が外に飛び出していて、血がにじんでいる。いわゆるイボ痔状態である。青島氏に伝わったら司会で面白おかしくネタにされてしまうことだろう。翌日は秘密で痔の塗り薬を購入。塗布しながら大分での2公演は切り抜けた。その頃には、痔になったのはワーグナーのせいだと確信していた。大きく長く声を出すため腹膜が強く張られた状態が続き、その圧力で脱肛したのだ。そしてひらめいた。そうか!「ケツを閉めるのは、脱肛を防ぐため」か!
東京に戻り数日休むと肛門は元に戻った。たまたま新国立劇場でオケ合わせを終えてきた、日本を代表する強力なテノールU氏に出会ったので、その話をすると、今まさに脱肛しているという。いわく「やっぱりケツ閉めるのは大事」。翌週にはドイツでもワーグナーを歌っていたテノールA氏にも会ったので聞いてみると「おっしゃる通り!」との返答。どうやらこの理論は間違いないのである。
皆さまも大きく、長く歌う時は、特に肛門にお気をつけくださいね。ケツは閉めましょう。ホントです。